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【インタビュー】

幾何光学の新しい方程式を発見 - 「光ホール効果」について聞く

1 研究成果の内容について

2005/02/01

古林高

昨年8月20日、世界的に著名な米国の物理学誌「Physical Review Letters」に、「Hall Effect of Light」という論文が掲載された(*1)。この論文は、レンズや光学機器の設計などに古くから使われてきた幾何光学の基礎方程式が拡張されるという内容を持ち、それは、「スネルの法則」と呼ばれる教科書でもおなじみの基本的な反射・屈折の法則が補正を受けることを意味している。

今までのスネルの法則によると、光の入射、屈折、反射を考えたとき、その3つの光線は、同一平面上にあるということが法則の一つとされていた。しかし、今回発見された法則によると、光の偏光の性質により、入射光、屈折光、反射光は同一平面上ではなく、入射光に対して屈折光、反射光が横にずれる、という現象が起こることが示された。今までこれが明らかにならなかった理由は、通常はそのずれの程度は波長程度以下であり、目立たないためとされている。しかし論文では、特殊なフォトニック結晶を用いると、大幅に横ずれを拡大することが可能だという。そうした効果は、本研究によって初めて明らかになったものである。

この、光軸が横にずれるという現象を端的に示すため、論文には「光のホール効果」という表題が付けられている。ホール効果とは、磁場中で電流を流そうとすると、磁場と電流の双方に垂直な方向に電圧が発生する現象を指す。ホール効果は電流が横にずれる現象であるため、このアナロジーを以て光のホール効果と名付けられた。

この大きな発見が、産業技術総合研究所の強相関電子技術研究センターにおける、新しい"電力を消費しない電子デバイス"の研究の過程から生み出されてきた。発見のキーとなった概念は、電子のスピンに関する「ベリー位相(幾何学的位相)」。難解な概念というが、電子とスピン(電子スピン)の関係を、光子と偏光(光子スピン)の関係に置き換えたときに見えてきた性質なのだという。

同研究所の発表によると、「光通信や量子コンピュータ分野での応用が期待される」という説明もあったが、そうした将来の応用的な展開への興味とは別に、古くからの伝統的な方程式が修正を受けるという物理学上でのインパクトと、その発見が電子デバイス研究の過程から、数学的アナロジーを経てもたらされた、という意外さに興味を持ち、同研究を担当された東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 永長直人教授、および産業技術総合研究所つくばセンター強相関電子技術研究センター強相関理論チーム 小野田勝研究員にお話を伺った。

今回お話を伺った東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 永長直人教授(右)、産業技術総合研究所つくばセンター強相関電子技術研究センター強相関理論チーム 小野田勝研究員(左)

今回お話を伺った東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 永長直人教授(右)、産業技術総合研究所つくばセンター強相関電子技術研究センター強相関理論チーム 小野田勝研究員(左)

(*1) M.Onoda, S.Murakami, N.Nagaosa, Phys. Rev. Lett. 93, 083901(2004).

研究成果の内容について

-- 今回の成果はどういうものでしょうか。

永長) 光というのは、そもそも波です。波は振動していますけれど、光の場合には電場と磁場という2つの「向きを持った場」が空間を振動しながら進んでいます。ところがその波長が短い極限というのは、波としての性質が表に現れないので、1つの筋というか、粒子の軌跡みたいに考えることができることが知られています。それが幾何光学の基礎になっています。

ほとんどの光学機器は幾何光学で設計できて、これは大変有用なのです。ところが波長は小さくても、実は大きさを持っています。可視光ですと5000Å程度でしょうか、大きさを持っていますので、それが有限であるという効果が、いろいろなところに現れます。波としての性質が現れることが、回折現象などで知られている光の分野を形成しています。

ところが、電場と磁場が振動する方向の自由度、つまり、(電場と磁場が)どちらの方向に振動しているか、というのは、光がどちらに進んでいるのかという事とは違う自由度なのですが、その間に、ある関係があるということが、今まであまり知られていなかった。我々の言葉では偏光と呼んでいるんですけれど、電場と磁場の振動する方向が回転している波があります。それを円偏光と呼んでいるんですが、電場と磁場の振動する方向が右向きに回転する場合と左向きに回転する場合があります。この"光の自転"と、光が進む方向の間に、関係があることを見出したのが、今回の仕事の最も大きなところです。

普通は何も自由度がなくて、ただ光は屈折率の変化の方向に曲がると思っているのですけれど、光には回転する自由度があって、それが右に回転するか、左に回転するかということによって、経路が変化してくるということがわかった。それを記述する数学の方程式がありまして、それが、3本の方程式で簡単な形にまとまりました。新しい幾何光学の方程式を導いたということになります。

-- その方程式というのは…

新しい幾何光学の方程式

新しい幾何光学の方程式

永長) 今までの方程式というのは1番目と2番目の式で、1番目の式の2つ目の項が無いものです。これらによって、スネルの法則など、よく知られた幾何光学の現象が記述されることになります。ところが、光の波長が有限で、さらに回転しているという効果により、(1番目の式の)第2の項が出てくるわけです。これが軌道を曲げる働きをします。では、軌道を曲げる働きをする回転の自由度、つまり偏光状態はどのように変化するのかというと、その様子を記述しているのが3番目の方程式です。ここで、|Zc)と書かれているものが、右向きに回転しているか、左向きに回転しているかという、光の偏光状態を表す変数になっています。この3つの方程式をセットにすれば、偏光状態とそれによって変化する光の経路を記述することができるわけです。このような方程式をフォトニック結晶中の光などの場合も含めて初めて導いたということです。大げさにいうと、今まで幾何光学という非常に完成された学問が、200年、300年使われてきたんですけれど、その枠を超える、新しい拡張した幾何光学を作ったと言うことになります。そうすると、その幾何光学から導かれる新しい効果というものがいろいろと出てきて、その一例というのが、光のホール効果であるという位置づけになっています。

-- スネルの法則はどのように変わったのでしょうか。

永長) スネルの法則では、光は入射面の中で反射し、透過していくと説明されています。それが、スネルの法則と呼ばれているんですけれど、それが今回の研究成果では、反射光、屈折光が、この入射面から横方向にずれる、という効果が現れます。

今までのスネルの法則 今回発見された拡張された幾何光学によるスネルの法則

今までのスネルの法則(産業技術総合研究所 提供)

今回発見された拡張された幾何光学によるスネルの法則(産業技術総合研究所 提供)

はじめにも言いましたが、波長が短い極限では、光の振る舞いをちょうど粒子の運動のように理解することができます。粒子の運動は力を受けて曲がっていきますね。力が光にどうやって働くかというのが次の問題ですが、光にとっての力と言うのは、誘電率の変化なのです。屈折率の変化と言っても良いのですが…。屈折率というのは、光が物質の中に入った時に、速さが変化する程度なわけです。どういうことかと言うと、物質中での速さvと屈折率nの間にはv=c/n(c:真空中の光速)という関係があるため、屈折率nが変化するとその方向に光の速度も変化します。速度が変化する時というのは、ちょうど加速度を受けているのと同じですから、光が入ってきた時に、屈折率の変化があると、その方向に力を受けていると言うことになるわけです。それによって光がカクッと折れるんですね。

それだけだと、今まで知られていたのですが、力を受ける方向とは垂直な方向にも曲がる、あるいはずれる、というのが新しいところです。なぜかと言うと光が回転しているからなんです。右に回転しているか、左に回転しているかで、ずれる方向が異なります。

-- 式には新しい項が付きましたが、それは、何らかの極限で今まで見えなかったのでしょうか?

永長) 波長が短い極限では、ずれの程度も短くなり、見えなくなります。式の中のkというのは波数 、つまり波長の逆数を表しています。横ずれは、1番目の式の2番目の項によって起こるわけですが、その項に入っているΩと書かれているものが、kの2乗分の1、つまり波長の2乗に比例しているので、波長が短くなると、2番目の項の効き目が小さくなっていくことになります。

-- 波長が短い極限では消えてしまう効果なのですね。しかし、波長が短くても、光子のスピンと言うのは消えないですね…。消えないけれども、波長が短い極限では、その効果が見えなくなると…。

永長) それはどういうことかと言うと、ずれる大きさ自身がだいたい波長の大きさなのです。そうすると、ずれるんだけれども、波長が短くなると、ずれ自体も短くなって見えにくくなっていく。そんな感じです。効果としては残っているんですが、それがどんどん小さくなります。


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