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【レポート】

「モリゾー&キッコロ」の故郷を訪ねてきました

1 「愛知万博の原点」は海上(かいしょ)の森

2006/01/01

日高彰

昨年の大きな話題のひとつが「2005年日本国際博覧会」(愛知万博、愛称「愛・地球博」)の開催であったが、言わずと知れた愛知万博のマスコットキャラクター「モリゾー」と「キッコロ」が、いまでも人気のようである。地元名古屋では万博をテーマにした展覧会などが開催され、その中ではやはりモリゾー&キッコロに関した作品が注目されるということであるし、下世話だがわかりやすいところでいうと、オークションサイトではモリゾー&キッコロの各種グッズが、品物によっては元の売価の倍以上で取引されていることもあるくらいだ。

万博会期中、芸能人並みの人気で近づくことも難しかったモリゾー&キッコロの両氏

モリゾー氏は天然ガスバスIMTSの運転手も務めていた(注: 本当は自動運転です)

万博最終日に行われたモリゾー&キッコロが森に帰るという設定のセレモニーでは、何でも森へ消えていく二人(?)を見て子供たちだけでなく大の大人も号泣したということで、このままいなくなってしまうかと思いきや、カムバックを求める多くの声に応える形で2005年11月、モリゾー氏は博覧会協会を通じて「愛・地球博は閉幕したけれど、どうやら物語の第2章が始まるようじゃ。時々、わしの出番もありそうじゃな」とのコメントを発表。2005年12月21日に名古屋で開催された「愛・地球博報告会」に登場したほか、今後も愛・地球博の理念を継承する事業などに登場するとされており、精力的に活動を続けていく様子を見せている。

万博終了後の2005年10月5日には、モリゾー&キッコロの住民登録が行われている。住所は「愛知県瀬戸市海上の森2005番地」(番地は架空のもの。住民票は郵送で誰でも取り寄せることができる)。愛知万博に行かれた方はよくご存じだと思われるが、今回の万博は愛知郡長久手町と豊田市にまたがる「長久手会場」(約158ヘクタール)と、瀬戸市の「瀬戸会場」(約15ヘクタール)の2カ所で開催された。その面積から明らかなようにメイン会場は長久手会場であり、多くのパビリオンは長久手会場に集中していた。では、なぜモリゾー&キッコロの住所は長久手町ではなく瀬戸市なのだろうか。

これには、万博開幕までにあった紆余曲折が影響している。既にさまざまなところで報道・検証されているので詳しくは触れないが、元々愛知万博は「海上(かいしょ)の森」と呼ばれる瀬戸市内の里山を開発(面積500ヘクタール以上)して開催される予定だった。しかし、森には希少な動植物が存在することから反対運動が起こり、1999年には絶滅が危惧されているオオタカの営巣が確認されたことで運動は激化、計画の大幅見直しを迫られた。何度かの計画縮小が行われた後、2000年には長久手町の県営公園(愛知青少年公園)を再整備して万博会場とすることが正式決定され、海上の森の開発はごく一部にとどめられることとなった。

会場問題は万博自体のテーマにも影響をおよぼした。誘致活動開始当初は「技術・文化・交流 新しい地球創造」がうたわれていたが、開催時には「自然の叡智」となり、人間主役の開発型万博から自然・環境重視型の新しい博覧会を目指すものに変わった。画像は誘致時のシンボルマーク(博覧会国際事務局(BIE)に公式立候補の際の万博誘致委員会ポスターより)

長久手会場が元々県営公園だったことがわかる一例。テーマ館「グローバル・ハウス」は、公園の温水プールの建物を改装したもので、万博会期中もこのように外からすべり台の一部が見えていた

万博会期中の瀬戸会場。この奥に広がるのが海上の森で、当初はそこを開発して万博会場とする計画だった

だから、メイン会場が長久手とはいえ、元々の万博計画に従えば、モリゾー&キッコロは瀬戸市・海上の森の住民であるということで間違いはないわけだ。愛知万博の経緯を知る人たちの間では、海上の森は「愛知万博の原点」とも呼ばれている。

さて、筆者は万博の取材時などに海上の森を何度か訪ねてみた。会場計画が根本からひっくり返ってしまうようなこの森には何があるのか、そして、森に帰ってきたというモリゾー&キッコロには会えるのか?


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