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【インタビュー】

「セキュリティで本当に大事だったのは友達、助けてくれたのは友達」 - NTT Com 小山覚氏

1 原体験としてセキュリティの重要性を認識したのは、あの大震災の時――

2006/12/04

冨田秀継

原体験としての大震災

NTTコミュニケーションズ 第二法人営業本部 エンジニアリング部 企画戦略部門 部門長(セキュリティ技術担当) 小山覚氏

--初めに、小山さんが現職につかれるまでのいきさつをお聞かせ下さい

「私は三重の生まれです。いとこが真珠の養殖をしていたりとか、おじさんがハマチを養殖していたり、父方の親戚がミカン畑をやっているとか……そういう三重の風光明媚な田舎の出身で、生まれが海だったもんですから、水産学部に入ったんですよ。で、さぁ就職だということになったら、地元には良い就職先がなかったんですよ(笑)」

--学生時代はコンピュータの勉強をされていたのかと思っていました

「そうではないんです。NTTに入社してからも、最初はずっと電柱とかケーブルを設置するインフラの仕事をしていました。クレーン車も運転できるんです。長い電柱をトラックに積んで縦列駐車するとか、得意なんです(笑)」

--自分でケーブルをつないだりされていたんですね

「そうです。そうこうしているうちに、阪神・淡路大震災に遭遇しました。そのとき私は被災地、西宮市にいました。当時は災害復旧班の班長をやっていました」

--大震災というインシデントを体験されたのですね。情報セキュリティを意識する以前の体験ということになります

「原体験としてセキュリティの重要性を認識したのは、あの大震災の時ですね。職場から出て500mくらい行ったところで、高速道路がバタンと倒れているんです。そのとき、インフラがいかに大事かを痛切に感じました」

--大震災後、関西から東京に来るのですね

「はい、人生って面白いものだとつくづく思いました。そう、NTTの再編成があったんですよ。NTTが東西に分割されてしまうと、大阪勤務の人はもう東京に行こうと思っても転勤できない、1回くらい勉強で行ってこいと。そんな事情で分割再編の前に東京にやってきたんです」

--NTT分割再編の当時、小山さんは個人的にパソコンやインターネットを使っていたのですか?

「災害復旧の現場で働いていた当時は、インターネットやパソコンはオタクのするものだと思っていました。初めてインターネットに仕事として関わったとき、現場上がりの私から見ると関わってる人間も軟弱だし、セキュリティもクオリティも無いのは、これ、いかがなものかと、そう思ったんです。アンチ・インターネット派だったんですよ」

--小山さんご自身が東京にいらっしゃった時は、ちょうどインターネットが爆発的に普及し始めた96年頃ですよね

「OCNがスタートする年にやってきました。一生懸命勉強しましたね。当時はサービス開発部門に配属されたので、パソコンやルーター、ファイアウォールなどの勉強をして、なんとか身を立てるために頑張ってきました。なので、全然専門家じゃないんですよ」

--大震災での経験を買われ、セキュリティを求められていたんでしょうか?

「震災の経験とは無関係だと思います。最初は、今のフレッツに繋がっていくあるサービスの開発などをしなさいということで、勉強がてら始めたんです。そしたらもう大変でしたよ。日本語を聞いていても何にもわかんないんですもん」

--会議の席とかで(笑)

「そうそう。課長とか部長から議事録をとれって言われるわけです。言われた通り書けなくて怒られるんですよ。書けないんです。フランス語を聞いてるより難しいんです。それで、若い人つかまえて、『勉強したいんだけど、本って売ってんの?』と聞いたりしていましたね(笑)。英語で書かれたRFCのWebサイトを紹介されて、なんだかこう、落ち込んだりもしましたし。もう辞めそうでしたよ、東京に来てから3カ月で」

--それでも辞めなかった

「まあ、なんとか東京で身を立てなきゃいけない。どうせなら人の役に立つ仕事がしたい。だったらセキュリティの仕事でもやろうかな、と。そうして現在に至るんです」


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